強羅駅を発った久留里はR138を登り詰め、遂に長尾峠へ通ずる旧国道の分岐点に到達した。
ここから更に坂を登って長尾峠手前にある筈のr737分岐点を目指すのだが……。

4.険道らしかぬ険道

2008.4.26 09:48 [地図を表示] R138(国道138号線)とr736(神奈川県道736号線)が交わる名無しの交差点。直進がR138で左がr736。1964年に乙女トンネルが開通するまでは左の道が国道であったが、乙女トンネルは1984年までは有料道路だったため、開通後20年間は今まで通り、旧道の方が実質「主役」であったという。

そして、主役の座を降り、神奈川県道736号線(r736)と名を変えた旧道の現在(いま)の姿。山間部の県道とはとても思えないその道幅の広さは、かつての栄光を物語るかのようだ。

でもやっぱり山間部。通行規制が敷かれていて、大雨の時はバッサリ封鎖されてしまう……が、神奈川名物のKYゲートが存在しない。

R138から分岐してすぐに道幅が狭くなる。が、入口付近がやたらと広いだけであり、実はしっかりと2車線分の幅がある。センタラインもうっすらと残っており、やはり、ここは約45年前までは国道であったことを物語っている。

100mほど進んだ先に3点セットが待ち構えていた。通常なら個別に示される標識達だが、峠道というのはすべりやすいものであり、落石が多いところであり、ぐねぐね道が多いものである。それが3km続く。

3点セットの反対側にはキロポストもある。神奈川の県道でこれを見るのは、ヤビツ峠を通るr80以外ではr736が初めてだ。
国道の起点が静岡・山梨方面にあるため、旧道もこれに倣って御殿場・長尾峠方面から距離をカウントしている。 そして、いま久留里が立っているのは「3km」地点。つまり、この県道の全長は3kmと数百メートルであり、3点セットが示す「これより3km」というのは、r736全線イコール旧道の神奈川県側全てということである。

普段なら自宅から自走しているので、ここまでくると身体がヘトヘトになってくる。が、今はまだまだ余裕♪ やはり、強羅まで電車で登ったのは正解だった。この後に目一杯カラダを酷使できますからねぇ(フラグ)。

曇天の峠道をひたすら登る。勾配は比較的緩い(前の変速機は「ミドル」のままだ)ので、r737を走る前に力尽きる心配は無さそうだ。
緑の中を抜けると、一気に視界が開けた。

「シンジ君、ここが私達の住む街・第三新東京市よ」

「ミサトさん……ゴルフ場ばっかなんですけど……」

おそらく、あのゴルフ場の中にかっこいい武器が付いたビルがニョキニョキと延びて、使徒の襲来に備えるのだろう。神秘的な厚い雲の向こうに見えるのは、芦ノ湖。あの中にはかっこいい人造人間が格納されている秘密基地があるハズ。そして、その西側を県道が通っている。実に素晴らしい場所ではないか。
………………元ネタが分からん人、すんません。

ほぼ同じ場所から長尾峠の方を向く。地図と己の勘(あまりアテにならない)が正しければ、尾根の窪んでいる所がおそらく長尾峠、その直下にあるのが県境の長尾峠隧道だ。地図上では、r737は長尾峠隧道の手前で分岐しているという。

Google Mapの航空写真だとr737は杉林の中を通っているようなので、おそらく画面中央左手、杉林が「▲」状になっている部分が、r737の分岐点だと推測される。
この時点で「▲」状の部分がr737の起点だと断定出来ないのは、r737の起点がどの地図でもあまり正確に描かれていないのだ。このテの道は地図では正確に描かれていない(事実、Mapion様の地図も拡大すると線が消えてしまう)ので、付近まで行ってから入念に探すしか無いのだ。手掛かりとなるのは、前日に携帯電話に転送しておいた峠付近の地図と、山ちゃりには必要不可欠な登山地図だけ。一応、「何とか通れる」レベルに整備されいてる……らしいので、見付かることを信じて、今はとにかく峠を目指そう。

上り線(御殿場方面)に唯一あったヘキサ(県道標識)。反対側のも峠付近で確認出来た。同じ「箱根」でも、こっちは人気も少ないし、しかも4月下旬の温暖な神奈川県内だというのに寒い!!
それにしても、これから走るあの県道と番号が1つ違いなんですね。何か運命的なモノを感じる……。

2つ上の写真で示した「▲」の部分が近付いてきた。峠は近い。

「0.5km」ポストを過ぎた辺りから、勾配が途端にキツくなってきた。と言ってもいきなり「壁坂」になった訳ではなく、焦らなければすんなりと登れてしまう。

あれ………?

遂に「▲」の頂点に辿り着いた………のだが、肝心な「道」が無い。峠まではのこり500mを切った。ここからは特に左側を見ながら、タイヤを転がしていく。

やがて、県道は登坂をやめ、路面は水平になる。隧道が近いしるしだ。

10:26 [地図を表示] そして、あっけなく長尾峠に到着してしまった。このレポがr736であればこれで終了なワケだが、今回のお目当てはr737の方である。
で、肝心なr737はいずこへ??

まぁ、アレだ。曇っていて寒いことだし、一休みしようではないか。

5.737は何処? ……でもその前に

4月末とは思えぬ程冷え込む長尾峠。トンネルから容赦なく吹き出る寒風から逃げるため、久留里は隧道の側にある茶屋へ行くことに。店の中には何と昔懐かし(というか、久留里は初めて見た)の薪ストーブが現役で稼働。店内はとても暖かかった。良く見れば照明もランプを使っている。そう、ここには電気もガスも水道も無いのだ。

久留里はここでお汁粉をオーダー。冷えた身体が温まる。
このお店、「見晴亭」という名前でその名の通り、窓からは芦ノ湖や開発し尽くされた仙石原が一望出来る。創業したのは約50年前。建物も当時のまま大切に使われており、多くの旅人(特にドライバー)の休み処として賑わったそうだ。

本当ならば代々引き継いできた前の店主が老齢を理由に店を閉める予定だったところを、全く違う所から来た今の店主さんが店を引き取ったのだという。確かに人もクルマもすっかり減ってしまった今では採算も合わないだろうし、建物の老朽化も深刻だ(店が全体的に歪んでいる)。しかしノスタルジックな雰囲気の見晴亭が閉店すれば、隧道が寂しがるだろう。

見晴亭でマッタリ過ごしており、もうちょっとここに居たい久留里だが、そろそろ行かねばならない。今日は天気が悪い上、まだr737の探索どころか起点すら見付かっていない状態だ。雨が降る可能性も高まっているので、さっさと山ちゃりを再開するとしよう。

でも、その前に………………。

コイツをスルーする訳には行かない。

これが県境に位置する長尾隧道だ。抗門は非常にシンプルで、装飾品と言えばアーチの真ん中に付いてるなんかカッコイイやつと横にビーッと伸びている帯くらいだ。でも、それが美しくていとをかし。

しっかしこの隧道、取り付けが強引だ。隧道の手前は直角にカーブして隧道に突っ込んでおり、R138のあの交通量を考えると、当時は事故や渋滞も多かったことが予想される。
因みにr736の「0km」ポストは隧道の手前にあるが、実際の起点は隧道を過ぎたあたりにありそうだ。

扁額のアップ。右書きで「 道 隧 尾 長 」とビッシと力強く書かれているのがこれまた(・∀・)bイイ!!
扁額の横には「明治四十五年一月 公平書」と書いてある。この隧道、昭和どころか明治の代物である。鉄道トンネルを除けば、久留里が今までくぐってきた隧道の中ではダントツ古い!!

扁額をお見せしたついでに「公平」たる人物についてもちょろんと調べてみたので、少しだけご紹介。
単に「誰やねん」と思って調べてみただけなのだが、公平こと周布公平(すふこうへい)とは明治時代の政治家であり、隧道竣工当時の神奈川県知事…とのこと。公平の神奈川県知事としての在任期間1900年(明治33年)6月16日–1912年(明治45年)1月12日。「長尾隧道」の扁額は“明治四十五年”に書かれているので、彼の県知事としての最後の仕事だったのかも知れない。

さっそく入洞。もと国道の隧道にしては狭いものの、流石にしっかりと造られていて安定感がある。照明は無いが距離が短いし、外の光が奥まで届いているので恐怖感はゼロ。それよりも……寒い!!
隧道自体はコンクリ巻立て……ではなく、煉瓦だか石だか積んだ後でコンクリートを吹き付けているようだ。

箱根側坑口にあった銘板。しかし、鍾乳石もどきのせいでグニャグニャになっており、何が書いてあるかはよく判らない。

隧道は全体的に緩い登り勾配になっている。短いのでもう出口が見えてきた。出口の向こうに何か立っている。左側にあるのは「静岡県」と「裾野市」の白看、右側にあるのは神奈川県名物の雨ゲートだ。アレが向こうに見えるという事は、隧道を出た所までが神奈川県であり、神奈川県道736号であるということだ。

隧道を抜け、掘り割りを抜けると、急に視界が広がって大きな交差点が現れた。信号機は無いものの、地味に立派な交差点だ。右が静岡県道401号と名を変えた旧R138、左手が(夜以外は)有料の箱根スカイラインだ。

で、こちらが箱根スカイライン。ここ長尾峠と湖尻峠を結ぶ5.0kmの短い道路だが、湖尻峠からは芦ノ湖スカイラインが接続している。そして、湖尻峠は今回のメインディッシュであるr737と接続する別の険道があったりする……のである。
—————それにしても凄まじいタイヤ痕。夜はタダになるのをいいことに、大量の仁D厨が湧き出るようです。嫌だな……。

一方、こちらは静岡県道401号御殿場箱根線。どうやらここから御殿場市街までは2車線のようだ。こちらもタイヤ痕が凄いけど、それよりも気になったのは画面右手、「ローリング族(=仁D厨)対策区間」の看板の隣にある通行止め標識。
「通行止め」標識の「」部分を白いステッカで隠しているようだが、これでは通ってええのかあかんのか迷うてまうがな。

こちらは長尾隧道の御殿場側抗門。日当たりが悪いのか全体的に草臥れた印象だ。夜中に見ると不気味かも……。照明も無いことだし。

箱根に戻るべく、再び洞内に入る。県境をこんな短時間で往復するのは初めてだ。

御殿場側にも先ほどお見せしたものと同じ銘板が取り付けてあった。しかも、こちらの方が保存状態が良い。お陰でこの隧道の全貌が明らかになった。

  • 長尾隧道修復記念
  • (練瓦巻を混凝土ブロツクに改む)
  • 竣工年月日 昭和二十六年八月三十一日
  • 延長 一六〇米〇〇 (160m)
  • 巾員 五米五〇 (5.5m)
  • 事業費
    •  昭和二十五年度 一五〇〇〇〇〇〇円 (1,500万円)
    •  昭和二十六年度 六九〇〇〇〇〇円 (690万円)
  • 神奈川県知事 内山岩太郎
  • 静岡県知事 齊藤壽夫
  • 請負施工者
    • 譲原建設株式會社
    • 取締役社長 譲原靖郎

「混凝土」とはおそらく「コンクリート」に漢字を当てたのだろう。つまり、長尾隧道は元々煉瓦巻の隧道として開通し、戦争の終わった後で改修工事を行っているのだ。あ……だから抗門のデザインが昭和チックでのっぺりとしているんだ。
時折クルマが通過する隧道内で、久留里はただただ、うんうんと首を縦に振って1人で勝手に納得しているのだった。

そして再び神奈川県箱根町へ。しかしこのカーブ、さっきも書いたけれども大変デンジャラスである。もし静岡側から猛スピードで突っ込んできた場合、曲がりきれなければ見晴亭を直撃し、店もクルマも谷底へ真っ逆さま。冗談でも笑えない状況だ。

それで、だ。

r737は、

何処に

あんね………


んん!!??

—神奈川険道737号線〜裏箱根〜—その2
ひまわりデザイン研究所