観魚洞隧道、網代隧道、御石ヶ沢の旧洞門、宇佐美隧道、汐吹隧道、東伊豆の旧道、etc.
約60kmにわたり、多くの隧道や旧道を走ってきた久留里。特に大きなトラブルに見舞われずに、遂に白田まで到達。我ながらよくやったと思う。

残り約28km。無事に下田まで走破なるか?!

15 Friends-Road

15:40 [地図を表示]
これまでだらだらと書いてきてイマイチ流れが分かりにくいと思っている方も多いと思って、これまでのポイントを整理しよう。
右の図で、青文字は既に通過したポイント。黄文字はこれから通る予定のポイントだ。 問題は「時間」である。サイクルコンピュータによると、熱海駅からスタートしてここまで約60km走ってきた。(「全行程」の距離は最終ポイントでの記録)。この後、トモロトンネルを通過し、旧道経由で下田まで行く予定だ。
残りの距離は約28kmあり、平均時速10km/hで走った場合の所要時間は2時間50分くらい。今15:40だから、到着予定時刻は18:30。当初の予定では16時台に下田に着く予定だったので、2時間30分遅れる計算になる。

1時間後には殆ど暗なってまい、撮影が困難になる。文章だけのレポは余計おもろなくなるので、写真は1枚でも多く撮りたいところだ。
そこで、トモロトンネル付近の旧道探索にウェイトを置き、完全に暗なる前に旧道の様子を記録することにした。下田の旧道は余力があれば通過するだけに留めよう。
残念ながら、全行程を消化することは出来そうに無い。スケジュール通りに行かないこともある。むしろ、今まで辛うじて予定通りに走れた方が不思議なくらいだ。ヒトは状況次第では諦めた方が良い場合もあるのだ。


さて、休憩を終えた久留里は片瀬白田駅を後にする。日が暮れる前にさっさとトモロトンネルに行きたいが、地図ではすぐそこなので、おにぎりの前で記念撮影。
写真を撮っていると、そばの民家からおばちゃんが出てきて久留里に話しかけてきた。久留里が下田まで行くことを話すと、おばちゃんは「その自転車でもあと3時間は掛かる」と言わはり、更にこう言わはった。
「白田からはそんなにアップダウンはきつくないから、そんなにキツくはないと思うよ」
本当にアップダウンがキツないのかは怪しいが、取り敢えず「おおきに」と挨拶し、SPDをペダルにクリップしてトモロトンネルを目指す。


伊豆半島に住む人と相模平野に住む人では、「それほど急ではない坂道」の定義が異なるらしい・・・。

オバハン、えらいおおきに(´A`)
あまりにもキツかったのでフロントディレイラを"ミドル"に落として登坂。R135は再び狭なって、路肩に白線は引いてあるものの路側帯はゼロ。元々自動車優先の有料道路だったR135、今までで最も狭いのではないのか?歩行者や自転車の通行はえらいしんどい。追い抜くクルマの方も冷や汗モノだろう。頼むから大型車は通らないでおくれ。
ところで、左側に分岐しているのが旧道だ。おにぎりは無かったが、道路情報表示器が残っていた。


バス停そばのわずかなスペースから旧道を撮影。凄いとこに民家が数軒、建っている。現道の下にも民家が数軒建っているが、アクセスは当然旧道経由。民家が途切れると、その先は御石ヶ沢(おいしがさわ)同様に意図的な廃道化がされているようだ。




まだ登る気ぃですか・・・(´A`)
やっとトモロトンネルに着いた。平坦か下り坂の隧道だったら良かったのに、洞内は何と上り坂の片勾配+路側帯ゼロのインチキ2車線。嫌がらせですか?
隧道開通当初は自動車専用だったのだろう。歩行者のことは皆目考慮されておらず、車列が途切れた瞬間に一気に飛ばして通過しないとエラい目に遭いそうだ。
尚、隧道の正式名称は「友路トンネル」であり、「友路」は当て字のようだ。

隧道通過中はえらいしんどかった。久留里の自転車を先頭に車列が出来てしまい、後ろのクルマにはクラクションを鳴らされる。せいいっぱいペダルを漕いでいるつもりだが、上り坂で速度が出せない。更に向こうから来た歩行者が…。通過するだけでHPが130くらい減ったような気ぃした。

やっと隧道を通過したと思ったら更に上り坂。一体何処まで高度を上げるのか?
もし友路トンネルが1990年代に開通していたら、幅広2車線+歩道付きの快適(だけどめちゃ長い)トンネルが掘られていたのだろう。


16 コンクリート・クレイジー・ロード

16:15 [地図を表示]
坂を上り詰めると、やっと稲取高校前交差点にぶつかった。写真は振り返って撮影したもので、右側がR135だ。ここからは海岸沿いの旧道へのアクセス路が分岐しており、Vターンして画面左の道へ入ってアクセスする。


その道がまたエラいトンデモロードだった。

あかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんあかん…!!!!!!!!


ディスクブレーキ標準装備の銀龍号でも止まりきらない激坂。ストレートで下まで降りるかと思いきや、途中でヘアピンカーブまである。友路トンネルまで登ってきた労力を全てパーにするかの様に、10メートル単位でどんどん高度を落としていく。
ちなみにブレーキが効かないのはブレーキそのものの性能ではない。あまり強く掛けすぎるとブレーキが効きすぎてタイヤがロックしてしまうため、ブレーキ力の調整が必要なのだ。

家に帰ってこの坂がどんだけ激しいか調べてみた。
地図上で距離と等高線の数を測って計算すると、その勾配は何と21.3%!!
厳しいっちゅうレベルちゃうがなwww
千分率に直すと213パーミルなので、日本の鉄道だとケーブルカーの世界である。

因みに道路構造令という国のオヤクソクによると、一般道路における勾配の制限値は9%、やむを得ないときの特例値は12%となっている。
はい、見事に制限値オーバーです。えらいおおきに。


↑の写真の分岐を逆方向から撮影。
常軌を逸したコンクリートロードからひょろひょろと分岐する1本の道。これがR135の旧道だ。「旧道だ」と書いても説得力に欠けるし、現地にいた久留里自身もホンマに旧道なのかと疑ったが、地図の記載通りなのでこの道で間違い無い。
おそらく、現道からの激坂アクセス路を設けた影響で狭なってるだけであって、本来はもっと広かったに違いない。0.2車線くらい。

この旧道は、今でもフィッシングセンターのアクセスに使われており、東伊豆町が管理しているようだ。末端部まで行ってみたかったのだが、先を急ぐことにした。


激坂から続いていたコンクリート舗装は途中でアスファルトに切り替わり、旧道は申し訳なさそうに海岸沿いを南進する。道幅は1.2車線ほどで、東伊豆の旧道よりも狭い。伊豆半島の道は久留里の想像を遙かに超える険しさで、現道でさえあのレベルであり、旧道はそれを更に上回る険しさである。激坂コンクリートロードの存在自体が伊豆半島の険しさを物語っているようなもんだ。


旧道からは海がよく見える。地平線上にはかすかに伊豆七島が見える。空気が澄んでいれば、もっとクリアに島が見えるのだろう。伊豆の旧道や廃道上には、非常に良いビューポイントが多いような気ぃする。


西側はご覧の通りの"壁"。
見上げただけで (°д°);;ポカーン としてしまう。
あの断崖の上には現国道であり、もと有料道路のR135が通っている。ああ、またあそこまで登るんか・・・。


崖と旧道が接近した所で、崖の「腹」に穴が開いた。出てきたのは伊豆急行!!高度経済成長期に開業した伊豆急行もまた、東伊豆道路(&旧道)同様にきわどい所を走っている。台風の時はよく止まる伊豆急だが、こんな所を走っているのだから仕方がない、か。


旧道はやがて、東伊豆町稲取字の中心部でr114稲取港線となる。「どうしてここを県道指定したんやろ」と質問したくなるその線形は、まさに旧R135そのものの姿なのだ。


坂を登り、学校のものと思われるグラウンドが見えてくると突然90度右折する。今さっき「『どうしてここを県道指定したんやろ』と質問したくなるその線形は、まさに旧R135そのものの姿なのだ」と書いたが、静岡県が県道指定するときに道を間違えたのか、r114は路地裏のような激細道となって民家の合間に消えてゆく……。
(久留里は少し焦っていたために、この分岐をスルーしてしまった。)


16:36 [地図を表示]
一旦町道となった1.5車線の旧道は再び県道となり、稲取入口交差点で現道へ合流する。
R135はここから歩道を従えて南進するが、自転車は通れないようなので、また煽られながら車道の脇を走る。


17 坂地獄

あとはひたすら下田まで走るのみである。消化試合ほどしんどいものは無い。山登りの帰りもしんどいが、この終盤戦もえらいしんどかった。
激坂コンクリートロードで標高を40mにまで戻した道は、また上り坂となる。

16:45 [地図を表示]
ようやっと東伊豆町を脱出し、河津町へ。ちょうど町境が無名の峠となっており、ここからは下り坂へと転じる。白田のオバハンにとってこの程度の坂は「それほどキツくはない」らしいが、久留里はもうヘトヘトだ。タイヤが700cスリックだったらまだ走りやすかったのだろう。オンロード専用なだけにアスファルトの上ではこちらの方が軽うて走りやすい。が、今更ぎゃあぎゃあわめいてもしょうむない。敢えてオフロードタイヤを履いて来たのは、ガタボロ廃道を走るためだったのだから。


残り18km。ついにここまで来た。
よっしゃ、何が何でも下田まで走るで!!


暗いトンネルを1本抜け、河津町見高地区を通過する。相変わらずクルマ(特に大型車)に煽られるが、徹底的に無視しつつ、ギリギリまで脇に寄せて走る。国道は激しいアップダウンを繰り返し、久留里の残りHPはレッドゾーンに突入。そろそろ何処かで回復アイテムを使いたい。

17:04 [地図を表示]
今井浜海岸を抜けると、河津トンネルがあわられた。進行方向右にカーブしている下り坂のトンネルだが、その手前で歩道に突っ込んだ久留里の自転車は、車道に降りれぬまま左側へ・・・・。ま、まさか歩行者用隧道でもあるん??


ユウレイデナイデ、オネガイ
真っ暗で不気味な一本道。(マウスカーソルをのせると明るくなります。)
自転車のライトで辺りを照らすと、人が歩く分には充分な幅の舗装路とガードレール、「通行注意」と色褪せた赤ペンキで書かれた怪しさ満点の看板、そして、写ってはいないが久留里の右側にはお地蔵さんの大群が………。
ホラー映画観た後やったら通られへんな、ここ。

夏場は心霊スポットとしてDQNがぎょうさん沸いていそうなこの徒歩道は、河津トンネルをぐるりと迂回して、国道の歩道と繋がっていた。歩行者用の隧道が出てくるかと思いきや、断崖絶壁に設けられた桟道のようだった。
間隔は長いが街灯も設けてあり、徐行運転であれば自転車も安全に通行可能な道だ。初めは怖かったが、国道へ戻った時には恐怖心はほとんど無くなっていた。


トンネルを抜け、川を渡るとR135は谷津交差点にぶつかる。国道は左折で、引き続き海岸線に沿って下田を目指す。右折は旧道のように見えるが、r14下佐ケ野谷津線という主要地方道で、半島のど真ん中を通るR414と連絡する。(R414の南端部が旧R135に思えなくもないが)


交差点を左折し、これでもう何度目か分からないが、また坂を登る。このR135の旧道とおぼしき道は、現在はここから分岐しているようである。
実は、本当にこれが旧R135であるかは定かでない。久留里が「そう思う」だけであるのだ。


この後、久留里はR135を「2度と通りたくない道」に認定した。
特に嫌だったのが河津町〜下田市の市町境付近で、道そのものは相変わらずアップダウンのオンパレードなのだが、ただでさえ狭くて走りにくいのに街灯ゼロ・歩道ゼロ・集落ゼロという状態だった。真っ暗なので自転車のか細いライトに頼るしかなかった。
道中はビックリするほど何も無かったが、一番驚いたのは素堀隧道の存在。暗くて分かりにくかったが、確かに洞内はゴツゴツしていた。照明は無かった。

18:21 [地図を表示]
そして遂に、今日のツーリングの終点であり、R135の起点である中島橋交差点に到着。ここは同時にR136の起点であり、R414の終点でもある交通の要衝だ。市の中心部ということだけあって、街は賑やかだった。


駅前に自転車を停め、旅の記録を済ませたら、自転車を押して駅前の回転寿司屋さんへ。そう、「最後に下田で寿司を食べて帰る」という予定があったのだ。
帰りに乗ったこの電車、確か横浜あたりで見たことがあるが、伊豆急の新入りだ。親会社のお下がりだが、車内は海が見える側だけボックスシート化されており、少々狭いが座り心地は良かった。


色んな意味で「長い」旅だった。伊豆がこんなに険しい道のりだとは思わなかったが、宿題も出来たことだし、またいつか走ってみたいと思う(河津〜下田間のR135はもう「おなかいっぱい」だが)。
その夜、西伊豆のツーリング計画を企てる久留里であった。

—IZU 隧道&旧道巡り—その8(終)
ひまわりデザイン研究所