予定よりも約1時間遅れで網代駅に到着した久留里。次のポイントはあの隧道この隧道!!予定より遅れているけど、いつものペースでどんどん行きまっせ。

まずはあの隧道から。

5.干物ストリート

09:41 [地図を表示] 網代駅に遅れて到着した久留里。特急「リゾート踊り子」号を見送り、駅を後にした。
伊東線と伊豆急行線は行楽地に直結した駅が多いせいか、特急が停まる駅が多い。

再びR135現道と合流(振り返って撮影)。画面右が現道で、同じく左側が旧道。現道が急カーブを描いており、如何にも「後から作りました」というカンジである。

次の旧道分岐点はすぐ先にある。画面左手は網代漁港であり、路肩に干してある魚たちを見て改めて「伊豆に来たなぁ」と感じる。
東伊豆の名物、魚介類の干物。実際に干しているのは久々に見た。

干物ストリートを過ぎると、道は二手に分かれる。国道は緩い上り勾配で新網代隧道に突入、分岐側は……事前調査によると、新網代隧道に対する旧道である。青看の行き先が「網代旭町」とやたらピンポイントな地名を指している時点で旧道感バリバリである。

狭っ!!

茅ケ崎並みに狭い集落道。現在はただの市道だが、間違いない。確かにここは旧道だ。オール木造の理髪店でそうだと判断した。
小さいが意外と密集しているため、路線バスもこの旧道を通るのだが…………、自転車の久留里でも離合に難儀しました。

狭いが平坦で穏やかな旧国道も、集落が途切れたとたんにちょっとキツいめの上り坂となる。旧国道は方角を南に向け、ほぼストレートに網代隧道を目指す。

そして現国道と交差する。画面左右が現国道で、ガードレールで塞いであるのがお目当ての網代隧道へ通ずる道だ。
この界隈、ちょっと複雑に絡んでいるので特別に周辺の地図をお見せしよう。

地図上の赤線は現在のルート。2005年11月頃に大規模な桟橋(朝日大橋)と立石トンネルでパスしている。それまでは青線のルートを辿っていた。現在のルートは最近になって開通したばかりの新しいルートなのだ。
上の写真の通り旧道が塞がれているが、第2のお目当て・網代隧道は無事だろうか?

ちなみにこの地図は網代駅で撮ってきたもの。
ほな、行きまひょか。

6.まだ現役?!

10:04 [地図を表示] 先ほどの交点から、新網代隧道の坑口を見る。新網代隧道は1969年に開通。現行規格の大型観光バスの離合も可能な大断面トンネルのそれは、当時の伊豆観光ブームの盛況ぶりが伺える。
この隧道が開通する前は、あの狭い旧道しか通れなかったワケで、さぞかし激しい修羅場だったのだろう。

問1.■■に当て嵌まる文字を入れなさい。
「あの■■を忘れるな」

柵の隙間を縫って、旧道から続く坂を更に登る。立石トンネル開通前は、不自然でデンジャラスな線形だったことが良く分かる。交通事故も多かったのだろう。路面には「減速せよ!!」と言わんばかりにオレンジの矢印が連なっている。

カーブを曲がりながら勾配を登っていく。そして………、


キタ━━(˚∀˚)━━!!!!!
これが網代隧道だっ!!

何と立派なことか!!コンクリに見えるが、よく見ると観魚洞隧道と同じ石造り!!!!
門柱の片側はツタだらけで廃隧道感タプーリだが、重厚でど迫力のポータルである。廃止になったのが勿体ないくらいだ。

隧道は昭和7年(1932年)に竣工。この銘板も当時のものだろう。もう片方の門柱には扁額が埋め込まれているが、あまりにもツタだらけなので反対側に埋め込まれているものをお見せしよう。
それにしてもオドロキだ。こんな古い隧道が73年間も国道のトンネルとして現役だったのだから。

すぐ隣は立石トンネル。「新網代第二トンネル」とならなかったのは何故だろう?名前の通り、トンネルを掘った岩が、海面から立っている大きな石の様に見えたからであろうか?
両隧道の入口には、ご覧のような連絡通路がある。コンクリ舗装が新しいので、つい最近整備されたようだ。保守点検用なのか?それとも歩行者用なのか?

隧道の中に入ってみよう。

隧道内部は今も照明が灯っており、とても明るい。2車線だった国道は遂にセンタラインが消え、大型車1車線分の幅となってしまった。竣工当時はまさか73年も使うとは想定しておらず、今のようにバンバン大型車が行き交うとは想像すらしていなかったハズだ。後年はよくこの狭い隧道で捌けたなと感心した。

ところで何故か舗装の半分が新しくなっているが、光ファイバでも埋めたのだろうか?

こちらは下田側の出口。写真では分かりづらいが、画面下端に注目。道路が絞られてる!!いきなり1車線になるのだから、初めてここを通るドライバーはパニックになっただろう。
(そういや千葉にいるアイツが軽自動車で伊豆行ったとか言ってたが、この隧道も通ったのだろうか?)

よく見てみると、センタラインが半分だけ新しい舗装側に引かれている。ここはもうクルマが通らない旧道(のハズ)なのに、何故?

こちらが網代隧道の扁額。隧道では珍しい縦型であり、扁額自体も向かって左側に埋め込まれている。熱海側も同様だ。それにしても格好良い扁額だ……と思うのは久留里だけか?

旧道は間もなく現道と合流。立石トンネルの下田側も桟橋で繋がっている。
下田まで残り63km。えらい時間を掛けてるような気がするが、まだまだ旅は始まったばかりなのだ。


大型車に注意しながら、路肩ギリギリまで寄せて走る。道が狭い上に路側帯はあってもその外側は崖なので、自転車は通るだけで大変だ。
網代隧道から先の区間は、所々にプチ旧道が見られる。何度も改良工事が行われる程、この区間は険しいのだ。

そう、伊豆半島は温泉でも有名だ。旅番組でもよく登場する。温泉街が多いので、数キロおきにこの案内板が掲げられている。
今日は温泉につかる予定は無いが、残りの距離からおよその所要時間が把握できる。無事下田に到達出来るか心配だが、行けるとこまで行こう。

アップダウンを繰り返し、ようやっと伊東市に入った。路面をよく見ると、境界線が横切っており、それを境に路面状態もセンタラインも変わる。路面は微妙に荒れており、オフロードタイヤとの摩擦で中々スピードが出ない。しかもアップダウンが結構きつい。


隧道・旧道巡りの旅はまだまだ続く。

—IZU 隧道&旧道巡り—その3
ひまわりデザイン研究所