03IZU 隧道&旧道巡り

  • 走行2006.11.24
  • 最終更新2007.3.1

0.はじめに

少なくとも関東・東海地方に住んでる人なら誰でも知っている観光地・伊豆。TVでもよく放送されるし、あちこちに別荘地もある。昔はもっと賑やかで、東京からわざわざ泳ぎに行った家族も多かったそうだ。茅ヶ崎市民は市営プールで間に合っているが。
久留里は西伊豆に一度だけしか行ったことがないので、かねてからひとりで伊豆を観光したかったのだ。

そんな伊豆半島には多くの旧道が眠っており、旧隧道も多く残っているという。そう、伊豆は観光地なだけでなく、山チャリスト道路マニアの巡礼地のひとつでもあり、毎年多くの人が宝探しに行くという。
せっかく買ったマウンテンバイクがあるので、こいつと一緒に伊豆を訪れた。

1.熱海へ

2006.11.24 06:07 午前5時。予定通り自宅を出発し、6時をまわった頃には既にホームで電車を待っていた。
あの犬越路の時も同じ時間に家を出たが、この時期になると朝は真っ暗。
到着した列車はガラガラかと思いきや、意外と混んでいた。乗客はみなスーツや学生服を着用し、実は今日は平日だってコトに今更気が付く久留里が居る(ちなみに今日は休業日です)。

特急型車両の普通列車に揺られること50分。ゆったり寛いでいるうちに熱海(あたみ)駅に到着。大勢の注目を浴びながら、ビンディングシューズをカラコロ鳴らして改札口へ。

1番線の伊東線には伊豆急の車両が発車を待…………って(車両が)微妙。
伊東線と伊豆急行は線路が繋がっているので、両社の車両がダイレクトに下田まで結んでいる。伊豆急にはもとJRの車両も在籍しているので、「JRの駅でもとJRの私鉄車両」という珍しいモノが見物出来たりする。

(2016.7 追記) なお、このもとJR車両は現在は過去のものとなり、代わりに親会社の東急電鉄からやって来た電車に全て置き換わっている。

久留里の「鉄」モードはまだまだ収まらない。改札口を出たすぐの所に何故か蒸気機関車が!!
実はこの機関車、熱海軽便鉄道で使われていた機関車。傍らのパネルによると、熱海軽便鉄道は「明治40年から大正12年まで、熱海=小田原間25キロメートルを」結んでいた鉄道だという。鉄道廃止後、この機関車は各地の建設工事現場で活躍し、神戸市内の国鉄鷹取工場(現:JR西日本網干総合車両所。兵庫県揖保郡太子町)で保存されたが、1972年に復元されて現在に至る。
熱海軽便鉄道の詳細についてはwikipediaを参照されたい。尚、当時の東海道本線は現在の御殿場線を経由しており、現在の区間に移ったのは1924年のことである。

今回は久々のロングラン。前日の計画時も「えらい長いな」と感じたが、いまこうして案内板の地図を見ると、「ホンマに下田まで行けるんやろか」と少し不安になる。
今回の予定は、ここ熱海駅から国道135号線を南下して、下田を目指すというもの。途中、旧道や旧隧道を調査しながら走るというものだ。欲張りかつ無謀だが、沿線には鉄道が併走しているので、無理なら途中駅で帰るというコトも可能なので実行することにした。

このとき、久留里はまだ、伊豆の恐ろしさを知らなかった。

2.おさかな隧道

08:15 [地図を表示] 駅前のマクドでのんびり朝食タイム……なんてしていたら、出発予定時刻を30分オーバー。輪行の時といい、出発のタイミングといい、こんなにスベりまくりのスタートは初めてだ。

ようやっと熱海駅を出発し、県道を下る。事前調査ではこの近辺に汐見洞という隧道があるらしいので、このまま坂を下っていく。
いきなりの急な坂道が、熱海〜伊豆の険しい地形を物語る。

ところが、県道はいつの間にか市道になっており、地図に描いてあったヘアピンが現れない。このままでは伊東線の来宮駅に行きかねないので適当な四つ辻で左折。結局汐見洞を通らずに海沿いの国道へ出てしまった。
一度は駅に引き返そうと思ったが、残り80km走らねばならないのでこのまま行くことにした。
───大丈夫だろうか?

国道135号線は上下線に分かれて海沿いの市街地を進む。やがて上下線は合流し、今度は上り坂となって徐々に高度を上げていく……。案の定クルマの数が多く、箱根に上った時のことを思い出す。

勾配はそれほどきつくはないが、やがて熱海港が一望出来る高さになった。今日は平日でこの天気&この季節のせいか、海辺に人の気配を感じない。

勾配が緩み、トンネルが近づいてくると道は二手に分かれた。右が現道で、左がお目当ての旧道。左へ曲がるクルマはほとんど無い。

前兆キタ━━!!!!

「この先の観魚洞トンネルは
 ロングボディーの車両は
 通過できません。
 国道に迂回して下さい。」

「ロングボディーの車両は」通過できないということは、ハイエースバンのロングボディ車も通行不可能な訳か(などと)。

イマイチ旧道らしくない旧道。見方によってはただの脇道にも見えるが、しかし、この先はアレがあるハズなんですよねぇ。アレ
寂しい雰囲気の旧道をひたすら進む。

2度目の警告板が現れ、いよいよ隧道が近づいてきた。………てか何で板ベキベキなってんねん?
おっと、画面右手に何かが見えて来ましたで。


キタ━━(˚∀˚)━━!!!!!
観魚洞隧道である。

08:41 [地図を表示] ロングボディ車が通れない理由はここにあった。隧道手前がブラインドカーブとなっており、普通車でも気を遣わなければエラい目に遭う。高さも3.7mと低く、マイクロバスがやっとのサイズだ。

写真を撮っていると、ちょうど1台のマイクロバスが通過した。どうやら隧道の先にホテルがあるらしい。

立派な扁額。隧道竣工時からあるのか、改修時に取り替えられたのかは定かでないが、表面に付いたコケが一層隧道の雰囲気を盛り上げている。

内部は綺麗に整備され、照明まで付いている。ランプのようなお洒落な照明がいかにも観光地らしい。ちゃんと歩行者用に歩道まで整備されている。(銀龍号が歩道に乗っかっているのは、撮影のため)
撮影中、前後から何台かクルマが通過した。意外と交通量は多いようだ。

観魚洞隧道の南口。画面右手の白いコンクリブロックには、この隧道の説明板が掛かっていた。多少汚れてはいるが、この隧道のスペックや経緯が記されている。
説明板によると、竣工 1910年(明治43年)、延長113m、幅4.1m、高さ3.8mであり、何と96歳のご長寿隧道である。綺麗だったのでコンクリブロックかと思いきや、何と石積工法で造られている。

海を眺めながらカーブを曲がると、現国道へ接続。すぐ右手には錦ヶ浦隧道が口を開けており、クルマや大型観光バスがバンバン行き交う。写真が曲がってるというのもあるが、国道は上りっぱなしで、そのまま次の隧道へ吸い込まれる。

こちらが錦ヶ浦隧道の南口。壁と同化しているが、坑口中央の電光表示板の真上にちゃんと扁額もある。何故か後から付いた白看は「錦ヶ浦トンネル」となっているが、まぁええか。
錦ヶ浦隧道は熱海からの上り勾配+急カーブのきわどい隧道で、交通量も非常に多い。チャリダーと歩行者は旧道を通った方が無難だろう。

3.観光用旧道

08:50 [地図を表示] 錦ヶ浦隧道のつぎは次の曽我浦(そがうら)隧道が口をあけている。両隧道は200mも離れていない。

隧道の脇には「隧道脇に旧道あり」の法則通り、旧道もちゃんとあり、ご丁寧に「←錦ヶ浦」の看板まで立っている。某ホテルが観光地化してしまっているようだが、取り敢えず行ってみよう。

旧道に入り、駐車場を過ぎると看板で指していた錦ヶ浦に到達する。何てことはない。何処にでもある寂れた観光所だ。

場所は寂しいが、眺めはとても良く、名前の通り扇を拡げたようなパノラマが楽しめる。向こうに見えるのは初島。こちらもよくテレビに出てくる島だ。
残念なのは天気。本当に雨が降らないか心配だ。

そして、こちらが旧道。レンガ模様の歩道がオシャレと言いたいが、ハッキリ言ってしつこい。そのままにしてくれた方が、旧道の雰囲気が出てええのに。

某ホテルが整備したレンガ歩道はまだまだ続く。
旧道は間もなく現道に接続。写真が斜めになっている訳ではない。現道が登り勾配なのだ。
クルマがいなくなったのを確認し、久留里の自転車はマニュアル車なので坂道発進で出発進行!!
しもた、エンストしてもうた………ww。

さぁ調子が出てきた。このノリでどんどん行きまっせ!!
下田まで、残りたぶん80km!!

—IZU 隧道&旧道巡り—その1
ひまわりデザイン研究所